21世紀の歯科・再生医療とクローン
再生医学とティッシュエンジニアリング
歯科治療における可能性
『the Quintessence Vol.20 No.1/2001-71』
上田 実
(名古屋大学大学院医学研究科頭頸部感覚器外科学講座顎顔面外科学)の論文より要旨抜粋
■再生医学とクローン、ES細胞、ティッシュエンジニアリング
最近のバイオテクノロジーの進歩はめざましい。つぎつぎに新しい概念と用語が登場し、再生医学の概念にもにもいささか混乱があるようなので、まず筆者の考えにそって再生医学の再定義をしてみたい(※2)。
図1を参照していたださたい。まず広い意味の再生医学には個体レベルの再生、臓器レベルの再生、組織レベルの再生がある。これらすべてが再生医学という概念に包含されるのだが、どのレベルの再生をめざすのかによって研究戦略も倫理問題も違ってくる。
このなかでティッシュエンジニアリング(Tissue engineering:組織工学)は、組織レベルの再生を実現するための技術といってよい。狭義の再生医学といわれる領域は、この部分を指す。
また、最近よく耳にするクローン技術や胚性幹細胞(Embryonic stem cell:万能細胞)技術は、ともに再生医学に含まれるが、ティッシュエンジニアリングとは再生へのアプローチの仕方に大きな違いがある。
クローン
クローン(※3)は同じ遺伝形質をもつ個体をつくることを意味している。
方法としては、優良な家畜の繁殖をめざす受精卵クローンと、ドリーで有名になった体細胞クローンがとられている。再生医学と直接関係しそうな方法は体細胞クローンのほうなので、こちらを簡単に紹介する。
体細胞クローンでは、ある個体の体細胞の核を、別の個体の核を取りのぞいた卵母細胞に導入し、代理母の子宮に移植する。 やがて生まれた個体は、体細胞を提供した個体と、まったく同じ遺伝情報をもつことになる。
したがって、この個体から臓器を摘出すれば、理論上まったく免疫拒絶が起きずに臓器移植ができるわけである(ただし、一切の倫理上の問題を無視した場合であるが)。
胚性幹細胞
つぎに胚性幹細胞(※3)であるが、その高い分化能のゆえに万能細胞とよばれたり、英名を略してES細胞とよばれている。
1998年にウイスコンシン大学トムソン博士によって確立された方法で、受精卵が胎児になるまえに胚盤胞を開き、なかの細胞を株化する(図3)。
図3 ES細胞の作製法(中辻憲夫編著:生命科学と再生医学。共立出版、2000.より改変)
このES細胞は培養下でいつまでも分裂を続け、人体のどの組織、臓器にもなりうる可能性をもっている。
このようにクローン技術では個体づくりも可能であり、ES細胞を使えば、まるごとの臓器をつくることができる。
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ともに大きな可能性を秘めているが、この2つの技術では受精卵を使うという点で、大さな倫理的法的な問題が残されている(※4)。
ティッシュエンジニアリング
これに対して、狭義の再生医学として用いられる概念がティッシュエンジニアリングである。
ティッシュエンジニアリングでは、原則として生殖細胞は用いない。
大人の体のなかに残っている組織幹細胞を取りだし、増殖させて適切な細胞の足場(Scafold:スキャフォールド)と組み合わせて人工的に組織、臓器を組み立てていく(※5)。
いわばバイオマテリアル(人工材料)に細胞を組み込み、その性能を極限まで高めた人工組織ということができるだろう(図4)。
図4 ティッシュエンジニアリングの3要素
バイオマテリアルを用いずに細胞だけを移植する、PRP(Platelet-Rich Plasma)治療もティッシュエンジニアリングに含まれる。使用する幹細胞が受精卵由来ではないので、ティッシュエンジニアリングでは倫理的問題はなく、もっとも現実的な方法といえるだろう。
■歯科領域でのティッシュエンジニアリング研究
歯科領域にはさまざまな組織が存在する。歯周組織(歯根膜、歯肉、歯槽骨)、唾液腺、神経などがある。これらはすべてティッシュエンジニアリング研究の対象であり、一部は臨床応用され、成功をおさめている(図5)。
図5 ロ腔・顔面領域で研究が行われているティッシュエンジニアリング組織。
仮骨延長法
仮骨延長法(Distraction osteogenesis)は、ロシアの整形外科医であるイリザロフによって開発されたユニークな骨再生法である(※10)。
石灰化前の未熟な骨(仮骨)に牽引力を加えて、骨の再生を促す。 この方法の優れた点は、骨だけでなく神経、血管、粘膜までが刺激に反応して増殖することである。
欠点は、治癒期間が長引くことである。もともと組織再生にはなんらかの物理的刺激が必要であることは知られていた。とくに骨組織は機能下にないとCaやPの脱出が起こり、逆に荷重を受けた骨は増生する。この自然の合目的性を利用した骨再生法が仮骨延長法である。すでに多くの臨確報告がなされているが、顎骨の再建にこの方法を利用したのはわれわれが初めてである(※11)。
術式としては、欠損した顎骨の断端に皮質骨切りを行い、骨膜あるいは骨髄だけで母骨とつながった、移動骨片(トランスポート・セグメントともいう)を作製する。5〜10日間の治癒期間をおき、母骨と移動骨片の間に仮骨を形成させる。この時点で移動骨片に牽引力を加えると、仮骨が引さ延ばされ(延長し)、やがて旺盛な石灰化が起きる。
この石灰化のメカニズムは独特のものである(※12)。 骨折や骨移植の骨化機転とは異なり、軟骨内骨化でもなく膜性骨化でもない。Transcondroid ossificationという、未分化間葉系細胞が直接、骨芽細胞に分化し石灰化を起こすという骨化機序をとる。
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仮骨に加えられた物理的な牽引力が細胞が接着しているマトリックスに伝わり、微少な歪みを細胞に伝達する。この歪みがシグナルとなり、細胞の分化が促進されると考えられている。
ちなみに仮骨延長法は顎骨再生だけでなく、吸収した歯槽骨の垂直的な造成にも使用され、補綴前外科やインプラント治療に効果を発揮している(図12)。
図12 仮骨延長法による歯槽骨形成
培養骨
われわれの骨髄組織のなかには、将来、骨や軟骨、神経、腱、筋肉などになる間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell:MSC)が存在する(図15)。
図15 骨髄由来の間葉系幹細胞の分化能
MSCは骨再生にとって、もっとも重要な要素である。BMPやPRPはMSCに働きかけて骨芽細胞を誘導し、骨再生を促す。
しかしMSCは赤ん坊のときがもっとも多く、大人になるにしたがって急激に減少する。
10代では、全骨髄細胞のうち、幹細胞は10万分の1、35歳では25万分の1、50歳で40万分の1、80歳では120分の1しかない(※15)。
骨再生の原材料であるMSCが少ないのだから、高齢者の骨が再生しにくいのはあたりまえである。 しかしインプラント手術を受ける患者は、多くの場合高齢者である。このような場合どうすれば骨再生ができるだろう。
高齢者の骨髄から幹細胞を分離し、何十倍にも増殖させて移植することで、80代の高齢者でも赤ん坊なみに骨が再生が可能になるはずである。最近のティッシュエンジニアリング技術によってMSCの分離と増殖ができるようになったため、培養骨をつくることができるようになった(※16)。
培養骨のつくり方と移植法は図16のとおりである。
図16 培養骨の作り方
はじめに、患者の骨髄あるいは骨膜を採取する。抜歯のときなどに採取すれば、患者に無駄な負担をかけることもない。つぎに、これらの組織からMSCを分離し増殖させる。細胞を数十倍、数百倍に増殖させてから、特殊なペースト状のマトリックスと混合する。細胞とマトリックスの混合物は流動性があるので、注射器で移植することができる。
これまで、サイナスリフトは骨移植のために、上顎洞を開洞しなければならなかった。しかし培養骨だと、上顎洞に穿孔したインプラント窩から注射針で注入することがでさる。上顎洞に入った培養骨は血液成分と混ざって凝固し、3、6か月後にはフィクスチャー周囲に骨が形成する。
この方法が実用化すれば、サイナスリフトによって患者が受ける負担は大幅に軽減する。移植骨を採取しなくてもよく、上顎洞を開洞しなくてもよいので、外来での手術が可能である。
さらには、既在の人工骨よりもはるかに骨形成能が高いので、インプラントの成功率向上にも貢献するだろう。
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注射針で培養骨を移植できるというメリットは、サイナスリフトだけではなく、歯周病の治療に応用可能である。移植される細胞は、未分化の間葉系幹細胞なので、歯根膜やセメント質にも分化できる可能性をもっている。
一方、この技術は整形外科の領域でも有用だろう。これまで大規模な皮膚切開手術をしなければ治せなかった大腿骨頭壊死や陳旧性骨折の治療にも、皮膚を通して注射針で培養骨を注入できるので、患者の負担は激減する。
今後、激増が予想されている高齢者の骨粗鬆症に対し、大きな効果を発揮するだろう。
■21世紀の歯科医療:ティッシュエンジニアリングで歯の再生は可能か
われわれ歯科医師はさまざまな人工材料を多用してきたが、ここで紹介するティッシュエンジニアリング材料は、従来のレジン、金属とはまったく異なるコンセプトから生まれたものである。すなわち、無生物の歯科材料ではなく、細胞とマトリックスと生理活性物質で生きた歯あるいは歯質を再生させるのである。
象牙質再生
象牙質にはエナメル質と同様に血管は存在しない。 しかしエナメル質と異なる点は、象牙芽細胞が大人の一生をとおして生き続け、持続的に象牙質をつくり続けるという点である。
つまり、うまくすれば象牙質は再生する可能性があるということになる。もしこの技術が開発されたら、窩洞形成後の充填材料として、生活歯髄の覆髄材料として大きな効果を発揮し、商業ベースに乗ることも考えられる。
1つの可能性は、象牙質から分離されたBMP(デンチンBMP、DBMP)の応用である。BMPは骨マトリックスだけではなく、象牙質マトリックスにも存在する。窩洞に充填されたDBMPは、歯髄表面に配列する象牙芽細胞を刺激して象牙質を産生する。
デンチンBMPを用いた象牙質再生
さらに、歯質そのものをつくるために、象牙芽細胞とマトリックスの複合体が考えられる。 細胞への血液供給は歯髄への穿孔部から得る。つまり、二次象牙質を歯髄側ではなく、窩洞側に形成させると考えてもらえばよい。窩洞に充填されるのは、金属や合成樹脂ではなく、細胞とマトリックスであり、数か月後には窩洞が象牙質で満たされることになる。
このような技術は、すでに存在する技術の組み合わせなので、実はそれほど困難なことではない。長くとも5年以内には実用化されるだろう。
歯胚再生
歯そのものを再生させることができるか、ということが歯科医師の最大の関心事であろう。結論からいうと、"歯胚再生は可能"である。
現在の再生医学の延長線上には、歯胚の再生は確実に存在する。脳や心臓に比べればむしろやさしい方といってもよいかもしれない。
ただ、これまで述べてきた象牙質、骨、粘膜といった単一組織の再生ではなく、歯は歯髄、象牙質、エナメル質、セメント質などが複合したひとつの器官、臓器なので、狭義の再生医学の技術レベルでは再生は難しい。ES細胞の助けを借りなければならない。
先に述べたように、ES細胞を使えば人体のすべての組織、臓器をつくることができる。霊長類ではすでに実験に成功し、心臓、腎臓はもちろん、毛嚢の再生も確認されている。
また、ES細胞の技術とクローン技術を組み合わせれば、自分の遺伝情報をもったES細胞をつくることができる(図3)。
今後、ES細胞の分化調整機構がわかり、目的の臓器形成が確実にできることができれば、顎骨に移植されたES細胞から、やがて歯胚の再生もできるようになるだろう(図23)。
ES細胞の技術と歯胚再生の研究こそは、歯学部の総力をあげて取り組むべき課題である。心臓外科医は人工心臓を開発し、心臓移植を可能にした。
そして今、再生医学の導入によってまるごとの心臓をもつくりだそうとしている。それにならうならば、インプラント、歯牙移植のつぎにくるのは、歯胚の再生をおいて他はない。
参考文献
※2.上田 実:再生医療 概論。蛋白質・核酸・酵素、45(13):2257-2259 2000.
※3.McGrath J, Solter D :Nuclear transplantation in the mouse embryo by microsurgery and cell fusion. Science, 220 : 1300-1302,1983.
※4.中辻憲夫:ヒト多能性幹細胞株(ES・EG細胞株).蛋白質・核酸・酵素、45(13):2040-2046、2000.
※5.上田 実 編:ティッシュ・エンジニアリングとは。ティッシュ・エンジニアリング一組織工学の応用と基礎一。名古屋大学出版会、PP1-5.
※10.Ilizarov GA : The tension-stress effect on the genesis and growth of tissue. Part 1. The influence of stability of Fixtation and soft tissue preservation. Clin Orthop, 238 : 249-281, 1989.
※11.Sawaki Y, Hagino H, Yamamoto H, Ueda M : Trifocal distraciton osteogenesis for segmental mandibular defect : a technical innovation. J Cranio-Maxillofac Surg, 25 : 310-315, 1997.
※15.Caplan AI:Mesenchymal stem cells. J Orthop Res, 9 : 641-650, 1991. 16. Pittenger MF, Mackay AF, Beck SC et al : Multiline age potential of adult human mesenchymal stem cells. Science, 284 : 143-147, 1999.
※16.Pittenger MF. Mackay AM, Beck SC et al : Multilineage potential of adult human mesenchymal stem cells. Science, 284 : 143-147,1999.
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